会長ブログblog

2015.08.15

戦後70年Ⅱ

お盆休みに入り帰省客で賑わう中、今日は70回目の終戦の日を迎える。

時間経過により、戦争体験を語り継げる人たちは80歳以上という事になる。
先週、戦争を知らない私たち世代の反戦はヴェトナム戦争だったと書いた。
学生運動が盛んだった70年を境に若者の思想が大きく変わっていった。
60年代後半にはフォーク・クルセダースや小室等の六文銭が活躍していた。

当時のフォーク・ソングやロックは反戦歌や貧困など社会問題をテーマとした
プロテスト・ソングが多かった。 ポピュラー・ミュージックの世界はジャズであれ
ロックであれ、フォークにしてもアメリカの影響なしには語れない。 唯一例外が
イギリスのビートルズだったが、彼らもまたプレスリーの影響を強く受けた。

プロテスト・ソングと言えはボブ・ディランにウディー・ガスリー、ピート・シーガー
やジョーン・バエズ。 彼らから影響を受けたのが関西フォークと呼ばれていた
高石友也や岡林信康、加川良、高田渡ら京都で活動していた面々だ。
フォーク・クルセダースもそうだが社会に対するメッセージを歌に託した。

ハッピー・エンドや五つの赤い風船、そして斉藤哲夫、早川義夫等はその流れ
を汲むが、70年を境に若者の音楽が大きく個人主体の方向に舵を切った。
吉田拓郎も初期はメッセージ性の強い歌を好んだが「結婚しようよ」以降は
社会よりも個人をテーマにし、井上陽水の登場で決定的になった。

70年安保や大学紛争という活動の場を追われた若者は、目指すべき方向性を
見失った。 フォーク・クルセダース解散後、はしだのりひこがシューベルツを
結成して歌った「風」は、当時の世相を反映していた。 そうした情緒不安定な
時代に拓郎や陽水の個人感情を吐露する私小説的なメッセージが共感を得た。

戦争が終わり、すべて失ったところから戦後が始まった。 国や報道機関に
対する不信感は家族を戦死させてしまった人たちと戦後生まれの世代に強い。
反省とかお詫びが話題になっているが、真に反省やお詫びしなければならない
人たちは、もうこの世にはいない。

♪ 人はだれもただ一人 旅に出て 人はだれもふるさとを ふりかえる ・・・


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