2009.10.24
昨日10月23日は、中越大震災の「メモリアル デイ」だった。
良いことは記念日というが、悪い思い出は「メモリー」でやわらげる。
今年は5年の節目で、震災から立ち上がる文化の祭典「震災フェニックス」と銘打って
実行委員会が組織され、各被災地で様ざまな催しが開催されてきた。
小出郷文化会館の櫻井館長が実行委員会の全体コーディネートを勤め
キッズミュージカルを始め、ジャズ講談やサロンコンサートなど魚沼発の事業も多い。
毎年この日に、魚沼市では「プロジェクト結」実行委員会が全市民に
2本のローソクを灯す運動を呼びかけている。
1本は自分自身へ、もう1本はみんなのために。
あの被災直後の助け合い、励ましあった日々を忘れないため。
全国からの支援に感謝し、元気で頑張っている姿を発信するために。
あの年の秋、魚沼市は11月1日の合併へ向けて最後の準備段階で
合併後の市制に対する期待と不安が交錯する中、それらの思いをすべて置き去りに
して災害対応に追われる日々が始まった。
守門、広神、堀之内といった山古志に隣接する地質の脆弱な小平尾断層に
そった地区に被害が集中した。 地盤の生成構造の違う湯之谷、入広瀬では
大きな被害は出なかった。
山古志は全村避難を決め、川口、小千谷でも被害が大きかったため、
当時当社は地元の他に、川口と山古志の路面確保の応急復旧の仕事を担当した。
現場の状況確認のため歪んだ大地を踏査する。 橋やトンネルや建物が壊滅した様に
地域住民はじめ多くの関係者が、積み上げてきたものが一瞬で失われる無念。
私たちは、災害に対する備えをどう考えていたんだろう?
人間の非力さを思い知らされ、無常観がこみ上げたものだった。
それでも陽はまた昇り、月や星たちは変わらずに輝いていた。
あれから5年、道路も橋も建物も新しくきれいに生まれ変わったが
人々の営みや気持ちが、生まれ変われる日はまだ先のような気がする。
あの日の体験が、みんなの人生観に与えた影響は大きい。
あきらめの境地ではない、あきらめない意思でもない、醒めた思考でもなければ
熱い希望でもない、今までとはちがう価値観が気持ちを支配する。
美しくすました六日月と星空を仰ぎ見ながら、祈りのローソクに灯をともした。
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