2013.10.12
今週は台風24号のフェーン現象により、10月とは思えない真夏日を記録した。
1964年の東京オリンピックは秋の大会で、気象観測史上晴れの特異日の
10月10日を開会式に選び、その後その日を記念して体育の日に定めた。
2020年の東京オリンピックは、7月24日~8月9日までの予定だが、
前回と比べ温暖化が進む中での真夏開催は心配だ。
オリンピックはともかく、運動会も学校でしか行われなくなって久しい。
魚沼市が合併する前の時代は、それぞれの町村で住民による運動会が行われ、
集落や班対抗で盛り上がったものだった。 小出町では中心部から子供の数が
減り、選手を確保するのが難しくなり、優勝候補が固定化した事で取りやめた。
小学校時代の運動会は一大イベントだったが、あまり良い思い出は無い。
徒競走では特に早くも遅くも無かったが、スタート前の緊張感はいやだった。
唯一良かったのは、給食の脱脂粉乳がその日だけ特別にジュースになった事だ。
粉ジュースを水で溶いたものだが、脱脂粉乳のミルクより余程美味かった。
小出では小学校で給食が始まったばかりで、全体に美味しくなかった。
1クラスに3~4人は給食が食べられず、無理に食べさせられて昼休みを
犠牲にする子がいた。 あの時代、食べ物を残す事が罪悪だった。
オカズもさることながら、主食のコッペパンは風味の無い不味いものだった。
先生に見つからないようにランドセルに隠し、持ち帰った。
あの頃は鯉を飼っている農家が多く、ほとんどがその餌になったが、
忘れていると、カチカチに固まってつぶれたコッペパンがいつまでも
ランドセルの底に残り続けた。
中学校では給食が無かったので、弁当になって嬉しかった。
牛乳給食と言って、希望者には有料で水っぽい牛乳が出された。
成長期の子供に必要な栄養を如何に確保するかが課題で、
カロリー過多による成人病を心配する今より、よほど健全な時代だった。
駈けてきて ふいに止まればわれをこえて ゆく風たちの時を呼ぶ声 (修司)
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