2022.10.15
♪ 汽笛一声新橋を 早やわが汽車は離れたり 愛宕の山に入り残る ・・・
10月も半ばを過ぎ天候により寒暖の差が大きくなってきた。年々寒さに
弱くなり、エアコンやストーブを点けて早くも暖房に頼るようになった。
春から夏へと向かう時季に比べ余程気温は高いのだが、今ごろの方が寒く
感じる。体感温度は夏に向かうのと、冬に向かうのとでは全く違う。
10月14日は、日本初の鉄道が新橋~横浜間で開通した記念日だった。
150年前の明治5年に開業し、以降全国を繋ぐ鉄道網が整備された。
産業革命による蒸気機関の発明がイギリスから明治新政府に持ち込まれ、
井上勝、伊藤博文、大隈重信らが推進し、明治天皇と共に開通を祝った。
鉄道の歴史が150年と聞いて、思ったより短く感じた。今年は只見線の
小出~大白川が開業して80周年だし、上越新幹線の開業からは40周年
になる。新幹線はついこの間のような感じだったが、人間の感覚は暑さや
寒さ同様、時間経過に対してもあやふやなものだとわかる。
人の一生が長くなったのも一因で、人生5~60年時代なら40年を短く
感じる事は無かっただろう。長生きになったこと自体はありがたい事だが
人口問題や医療介護、福祉など様々な社会問題を造っている。若い世代に
迷惑をかけたくなかったら、健康で自立している事が肝要だ。
鉄道を毎日利用していたのは、高校時代の通学と東京に出てからの時代だ。
高校では小出~小千谷間の通学だったが、当時電気機関車が客車を牽引する
列車で5~6両編成だった。長岡の高校や専門学校に通う生徒とも顔馴染み
となり、仲の良いグループと対抗するグループとに別れた。
東京に出てからは、小田急線や京王井の頭線を毎日利用していた。国鉄は
ストライキばかりやっていて、親方日の丸などと揶揄されたものだった。
地下鉄は営団が3路線、都営が1路線で新たに千代田線が開通する頃だった。
今でも新幹線や上越線には毎月お世話になるが、日常は自動車に変わった。
鉄道が全国に敷かれたお陰で時計が普及したという位、正確な運行時間だ。
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