株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

缶ジュース記念日

ゴールデンウイークに入り、豪雪地ならではの残雪の中での桜の開花が始まった。

今日の記念日の一つに「缶ジュース発売記念日」というのがあった。
昭和29年の今日、明治製菓が初めてジュースの缶詰を発売した日だそうだ。
それまでも缶詰は古くから有ったんだろうが、魚や肉そして果物といった日持ちの
しない固形物を保存するために、缶に詰めたものだった。

ジュースを缶に詰める目的は持ち運びを便利にする為で、主に旅行用に作られた。
今でこそ缶飲料は一般的だが、当時金属は貴重でガラス壜が普通だった。 
 
学校では遠足やバス旅行の時に、お小遣い〇〇円以内、おやつ〇〇円以内と
厳しく言われ、果物やジュースはおやつか否かと話題にした憶えがある。

そもそもジュースは、ハレの日に出てくる特別なもので簡単には口にできないものだった。
ジュースの種類もオレンジに決まっていて、他の味は無かった。
街角にジュースの自動販売機が置かれ、白くて四角い箱の上に大きなガラスで
出来た透明なボウルにオレンジジュースのシャワーが涼しげで一杯10円だった。

もっと簡単でチープな粉ジュースもあった。 日本人は液体を粉末に変えたりするのが
得意で、エノケンの「ホホイノホーイでもう一杯」のワタナベのジュースの素は流行った。 
本来は水に溶かしてジュースにして飲むものだが、水が多すぎると薄くて不味いし
濃すぎても美味くない。 結果、粉のまま人差し指に付けて舐めた。

あの頃は粉末が流行りで、井村屋がメロンソーダを出してこちらも直接指で舐めると
口の中でジュワーと炭酸が生まれる感じを楽しんだ。 
林家三平のCM「お餅も入ってペタペタと安くてどうもすいません」というフレーズが
印象的だったのは粉しるこだった。

これら粉末飲料は甘味にチクロという化学合成食品が使われていて、発がん性が
有るとの事でその後使用禁止となって渡辺食品は姿を消した。
私の子供時代にはそうしたものを平気で食べたし、ソ連やアメリカはしょっちゅう
核実験をやって、相当な濃度の核物質が空中飛散した筈だが未だなんともない。

今の日本、明日をのみ思い悩む日々だが、今日を楽しんで生きることが大切だ。

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