株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

北帰行

彼岸を過ぎても雪模様の肌寒い日が続き、今年も春の訪れは遅い。

春を待つこの時季、冬の使者とも呼ばれる白鳥がシベリアへと旅立つ話題も出る。      
新潟県は瓢湖の白鳥が有名だが、福島潟や佐潟にも飛来するし魚沼でも確認される。
今冬は飛来したのか? 確認はしてないが、来ていれば小出橋の下流に数羽が身を
寄せ合って佇んでいる姿を見ることができたはずだ。

白鳥は毎年避寒旅行に来てくれるリピーターだ。 どこが気に入っているのか?
間違いなく必ず来てくれる上客だ。 それも新潟県に最も多く来る今どき珍しい
団体客なのだ。 基本的には家族単位で行動しているにも関わらず、個室を要求
することもなく大部屋で仲良く過ごしている。

白鳥といえば、かつて大阪~青森を走った特急列車の名前を連想する。
同じルートを走った、寝台特急「日本海」もこの春のダイヤ改正で姿を消した。
列車の名前は地名や山岳や星座など様々あるが「つばめ」や「雷鳥」など鳥名も多い。
「トキ」は上越線の時代から、新幹線になっても引き続き使われている名前だ。 

昭和39年10月1日、東京オリンピックの開会式10日前に開業した東海道新幹線。
「ひかり」と「こだま」という、速さを象徴する音と光の名前が印象的だった。
「ひかりは西へ」というキャッチフレーズで、大阪から博多まで伸びてゆく過程で
技術革新が進み、距離に比例してスピードが求められるようになった。

今春のダイヤ改正で300系といわれる初代「のぞみ」が引退した。
ラストランを見送る東京駅では、多くの「鉄ちゃん」や「撮鉄」が別れを惜しんだ。
バブル崩壊後の景気低迷時には、東北や上越・長野に比べ東海道はまだ何とかなる。
「光もあれば望みもある」などと揶揄されたものだった。

冬の渡り鳥が北へ帰る時季を迎えたが、旧旅順高等学校を退学になり夢破れて
満州を追われた宇田博が作詞・作曲した「北帰行」。 旅順高校の寮歌として歌い
繋がれたという。 小林旭の歌でヒットした詩は改編され3番までとなったが、
元歌は5番まで有り、若き宇田の深い悲しみと絶望を歌い上げている。

♪ 窓は夜露に濡れて 都すでに遠のき 北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず

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