株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

米山隆一知事辞任

小出周辺のさくらは今が盛りと咲き誇り、週末は天気も良く絶好の花見日和になる。

当社から直線距離で200m位のところに前新潟県知事米山隆一さんの実家がある。
現在50歳の米山隆一さんとは今から13年前の平成17年9月に行われた第44回
衆議院総選挙からの付き合いになる。彼もまだ37歳の若さで、小千谷市長から
衆議院議員に転じた故星野行雄さんの紹介で政治活動に入った。

郵政民営化解散で時の総理小泉純一郎人気で自民党が大勝したが、米山隆一さんは
田中真紀子氏に敗れた。4年後の平成21年の45回総選挙にも自民党から出馬
したが、当時の麻生内閣は民主党に歴史的大敗を喫し、鳩山由紀夫政権が誕生した。
2回連続落選をすると同じ選挙区で3回公認は難しく、自民党を離れることとなる。

自民党時代、当時の田中真紀子氏を破り当選すればマスコミの注目度は高く、
衆議院でも一目置かれる存在となり、将来総理大臣を目指せると言っていた。
だから、他の選挙区からの出馬や地元市長という話もあったが、どうしても
新潟第5選挙区からの国政挑戦を目指した。

平成24年の第46回総選挙では、日本維新の会からの立候補となり、比例区から
選挙区に転じた長嶋忠美さんが当選、田中氏と共に苦杯をなめた。翌、25年には
同じく日本維新の会から、第23回参議院選挙に立候補するも森裕子氏と共に落選。
一昨年の知事選挙で複数の国政野党から推薦を得て初めて当選した。

1年半と短い期間だったが、知事として評価できる仕事ぶりだったと思う。
少数政党や特定の政治家に選挙戦でお世話になったがために、やり難い点も多々
あったと思うが実績は残した。何より豪雪地で中山間地、そして人口減少という、
わが国の地域課題を一杯抱えた魚沼出身という事で期待が持たれた。

13年前に初めて会った時の初選挙に臨む若者は、数度の蹉跌を繰り返し、
その都度成長を遂げてきた。今度もこの経験を糧に更に大きく成長し、
必ずや故郷の為に、社会の為に、尽くせる日がくることを期待したい。
成功体験しか知らない人間に人の痛みは分からない。

折しも、故郷魚沼では散り際の潔さが美しいさくらが満開を迎えている。