株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

小出郷文化会館の25年

今日から二十四節気の芒種。規則正しく植えられた苗が初夏の風に揺れている。

本日午後、魚沼市小出郷文化会館の25周年式典が行われる。25年前の開館に
至るまでの道のりは平坦ではなかった。魚沼地域の7町村は救急消防やゴミ処理
などの広域事務を行う組合を組織していた。文化会館事業は旧自治省の補助対象
事業として有利な財源が確保されていたが、条件は広域連携だった。

当時、いち早くこの事業に関心を寄せたのは町村長で構成する広域事務組合だった。
各町村の他に広域圏でも地域計画を造っていたので、青年会議所や商工会青年部
なども計画づくりに参加していた。その頃、降って沸いたような文化会館の計画が
発表された。大ホール1200人、小ホール400人収容の建設計画だ。

当時北魚沼には文化ホールは無く、専ら体育館などで代替していたから個人的には
歓迎だったが、目的や運営が不明確で収容人数だけが先行する計画は疑問だった。
全国的にも公立ホールは建設ラッシュで、完成後の稼働率の低さも話題となって、
いわゆる箱物行政などと批判されていた時代でもあった。

私たちは「住民による文化を育む会」を組織し、行政に絶縁状を送り付けた。
幸いにして多方面での人脈を持つ外科医の庭山昌明先生の紹介により、NHKや
朝日文化財団などからアドヴァイスを得、様ざまな意見を集約し形に落とした。
音響を最優先する事や、女子トイレを相当数増やすなど設計変更が相次いだ。

変更による建設費を補うため、外壁をタイル張りから板金に変更し、外見より
質重視の計画に変わった。結果、「子どもたちの感性を育む住民参加型ホール」
というホールコンセプトが出来上がった。着工までに長い時間を要したが、この
時間は決して無駄ではなく、開館後全国屈指の稼働率を誇るホールとなった。

25年前杮落しのメインが小出青年会議所が主管した「第9コンサート」だった。
大町陽一郎先生が指揮を執り、そのご縁で大町先生所有のベルリンフィルで活躍
したベヒシュタインを譲り受け、スタインウエイと2台のコンサートピアノを
持つことが出来た。多くの関係者の協力により、船出から四半世紀が経過した。

これからの会館の事を話そうとしたが、想い出話に終始してしまった。反省。