2012.11.10
♪ 花屋の店先に並んだ いろんな花を見ていた 人それぞれ好みはあるけど ・・・
JASRAC(日本音楽著作権協会)から、過去30年間での分配額上位のランキングが
発表された。 傾向は大きく3種類だった。 1つはミリオン・セラーとなってヒットし
あらゆる世代や場面で歌われている「TUNAMI」などの人気曲。
次にカラオケの愛唱歌として歌い繋がれている「北空港」などのデュエット曲。
そして3つ目には、パチンコやゲーム・ソフトで使われたアニメの主題歌や
コマーシャルに使われてテレビやラヂオを中心に繰り返し流された曲だった。
意外だったのは、過去30年の集計にもかかわらず、ここ10年以内のヒット曲が
ベスト10に3曲も入っていたことだ。
これは最近の音楽の使われ方が変わった事を表している。 レコードとカラオケの
時代から、携帯への配信やオーディオ・ソフト、そしてパチンコやゲームのBGMへと
利用形態が変わったことを物語る。 第1位は「世界に一つだけの花」だったが、
2位に阿久悠の「居酒屋」、3位に吉岡治の「二人の大阪」が入っていて良かった。
カラオケの歴史は浅く、昭和40年代中頃に8トラックのカセット・テープの演奏を
マイク・ジャックの付いたアンプ一体型スピーカーで歌ったのが始まりだった。
今のようなカラオケに変わったのは昭和57~58年頃にレーザーディスクが登場し、
ディスプレイに歌詞を写し出すようになってから、バーやスナックを中心に普及した
これに伴ない、酒場を流すギターとアコーディオンによる楽団が姿を消した。
「流し」と呼ばれた彼らのスタイルは、リクエストに応えて一曲歌うというものだった。
酔客のどんな歌にも伴奏を付け、リズムやメロディーが狂っても合わせてくれた。
小出の柳原や大湯温泉の宴会場には、無くてはならない存在だった。
学生時代にはカラオケはまだ無かったから、専ら手拍子かギター伴奏だった。
だからこそ、グループ・サウンズやフォーク・グループがあれだけ流行った。
最も身近な楽器はギターで、小出でもマキノ時計・楽器店やサトウレコード店、
後にはミズノ書店でもレコード売り場にギターが並んでいた時代だった。
♪ 街のどこかに 寂しがり屋が一人 今にも泣きそうに ギターを弾いている ・・・
カテゴリー:会長ブログ
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