2014.03.08
3月に入ると水面を照らす陽光がせせらぎに乱反射し眩しい。
川の流れは季節と共に変化してゆく。 流量も色も匂いさえ変化してゆく。
だから川は見ていて飽きる事が無い。 生家の脇にも清流が流れていたし、
魚沼は水資源の豊富さでは抜きん出ている。 この水を利用した産業を
起こせば、天与の恩恵で独自性を維持できるはずだ。
今週はフランスの映画監督アラン・レネの訃報が届いた。 91歳だったという。
アラン・レネは「去年マリエンバードで」の印象が強い。 時系列を辿りながら
過去と現在が共存する作品で、ヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれ世界中に反響を
与えた当時のフランス映画界で強い影響力を持った。
当時、日本アート・シアター・ギルドによる配給で上映された。
アート・シアターは伊勢丹の向かい、明治通りに面したビルに入っていた。
交差する新宿通りには東映の二番館があり、駅寄りの武蔵野館通りにも劇場や
新宿ルイード、そして紀伊国屋の並びには新宿ピット・インがあった。
三越裏には風月堂と青蛾があって、新宿フーテン族と呼ばれた若者たちの
溜まり場であり、作家や芸術家たちが出入りしていた。
新宿は角筈が駅を挟んで東西に伸び、伊勢丹の界隈を新宿追分と呼んだ。
今では1丁目2丁目と整理された呼び名になり、分かり易くなったが風情は失った。
アート・シアターでは松竹大船所属の助監督が、破格の1000万円で撮った
映画が話題を取り、日本の映画史上独自の世界を創造し日本版ヌーヴェル・バーグ
と呼ばれた。 大島渚や篠田正浩、今村正平に羽仁進、勅使河原宏に吉田喜重、
新藤兼人その後、寺山修司や足立正生、テレビ界から実相寺昭雄なども参加した。
松竹出身の監督はいずれも当時の人気女優と結婚した。 小山明子、岩下志麻、
岡田茉莉子、音羽信子などがそうだが、鈴木清順の奥さんは歌舞伎町でバーを
開いて旦那を助けた。 ヌーヴェル・バーグはそのまま「新しい波」という意味だが、
ニュー・ウエーブやボッサ・ノヴァなど、新しい試みを包括する言葉になった。
あれから半世紀、翻って今を見れば新しい波と呼べるような潮流は見えて来ず。
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