株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

教訓Ⅰ

♪ 命はひとつ人生は1回 だから命を捨てないようにね あわてると ・・・

今週は一気に気温が上がり、全国各地から花だよりが届き春本番を迎えた。
雪国魚沼でもこの1週間で積雪が目に見えて減ってゆくのがわかった。
冬から春へかけて、劇的に移ろう季節の変わり目は豪雪地ならではだ。
4月は新しい物語の始まりに相応しい変化の月といえる。

一昨日、1970年の中津川フォークジャンボリーで飛び入りデビューした
フォークシンガー加川良の訃報が届いた。 1970年という年は我が国でも
特別な意味を持つ年だった。 明と暗のコントラストがはっきりした時代で
学園紛争や70年安保闘争、三島由紀夫の市ヶ谷事件が起きた年でもあった。

一方で、大阪万博の開催やFM東京を始め民間FM局が相次いで開局したり、
ビートルズの解散もあったし、植村直巳がマッキンリーに登頂し世界初の
5大陸最高峰登頂を果たした年でもあった。 国鉄のディスカバー・ジャパンが
スタートし国内旅行がブームともなっていった。

加山雄三の「加」長谷川一夫の「川」池部良の「良」のそれぞれ一文字を取って
加川良と名乗った。 フォークジャンボリーの飛び入り参加で歌った「教訓Ⅰ」は、
岡林信康や高田渡、フォーク・クルセーダースなどが歌っていたベトナム反戦の
プロテストソング仕立てで自衛隊を皮肉った歌詞が当時の若者に大いにうけた。

中津川で行われたフォークジャンボリーは69年から71年までの3年間続くが、
年々規模が大きくなり3年目には2万人を超え、出演者も多様なジャンルに広がり、
吉田拓郎の「人間なんて」事件が起こってしまい、残念ながら4年目は無かった。 
2枚組ライブアルバムもリリースされ当時の熱気は今でも聞くことができる。

我が国のポピュラーミュージックの地方公演は、リスクが大きく興行が成り立ち難か
ったので、労音と民音の手によるものが多く、中津川も初めは労音が始めた。
その後は大手の他、各地新聞社系やテレビ局系のプロモーターも出来たが、今でも民音、
労音は地方公演では双璧だ。 なぎら健壱がパロディーで「教訓Ⅱ」を歌った。

♪ いも酎は60度ジンは40度 だから悪酔いをしないようにね あわてると ・・・