株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

行商人

中越地震から10年目を迎え、記念イベント「プロジェクト結」が行われた。

人命はもとより、建物にしろ道路にしろ大きなお金と長い時間をかけて
造り上げてきたものが一瞬にして失われたが、多くの支援により復興を遂げた。
あの災害を記憶に留めるためあれから毎年 市内各地で子供たちも参加して
コンサートと結ローソクの灯りを点す事業が行われてきた。

1本は自分のため、もう1本はみんなのためにと1人2本の点灯をお願いする。
11月1日の魚沼市合併を目前に控えた震災当時の北魚沼6町村の人口は
約4万4千人だったから、副題は「結8万8千の灯り」とした。
あれから10年の歳月が流れ、人口は3万9千人にまで減ってしまった。

東日本大震災の被災地もそうだが人口減少に歯止めがかからない上に
高齢人口比率が高くなり、限界集落とか消滅都市などという造語まで出来た。
かつての集落には小さくても生鮮食品など生活必需品を商う店が必ずあったが、
今ではそうした所も年々姿を消して行く。

セブン・イレブンが新しい取り組みとして、デリバリー・サービスを始めたという。
主に高齢者など買い物弱者世帯に必要な商品を届けるというものだ。
このニュースを見ていて、今のような車社会以前はどこの集落でも行商人が
食料品や衣類など売り荷を担いで訪問販売していた事を思い出した。

私が子供の頃はそうした人たちが電車やバスにも必ず乗っていて、大きな
荷物を背負って待っている人の所を廻る。 当時の行商人も高齢者が
目立った。 そしてその姿を見る事が無くなって久しい。
大手スーパー・チェーンが八百屋や魚屋だけでなく行商の仕事も奪った。

豊富な商品と価格の安さを追い求める内に、町を構成する大切な仕事や
街並みを犠牲にしてしまった。 どこの地方の町でも同じものを食べ、似た服を
着ているのは当たり前ではない。 人と人が助け合い、心の触れ合いを大切に
する事こそ災害が教えてくれた大きな教訓だろう。

昨日は新月で旧暦では閏月の9月1日、珍しい2度目の9月の始まりだ。

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