株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

ジャンボ・ジェット引退

満開のさくら越しに見る越後三山のコントラストが、春本番の景色を創ってゆく。

先日「百年の孤独」のノーベル賞作家、ガルシア・マルケスの訃報が届いた。 
正直まだ存命だったとは思わなかった。 随分前に読んだからか、内容も良く
覚えていないが、晩年は記憶力を失っていたという記事を読んで、そういえば
蜃気楼の村「マコンド」の百年の物語の作者らしいとも思った。

この小説は題名が際立っていた。 百年という年月は5~6代にわたる一家の
物語ではあったが、人間の一生からすれば、百年でも千年でも大差はない。
そのくらい長きに亘るという意味になる。 今でこそ百歳の人は珍しく無くなったが
当時は人間の生きる時間は長くても70~80年だった.

あの小説が日本で翻訳出版されたのは、1972年だったというから40年以上も
前になる。 その頃私は羽田東急ホテルでアルバイトをしていた。
成田開港前の時代で、羽田が国際線と国内線両方の日本の玄関口だった。
東急ホテルは全国一の稼働率を誇り、客室は1日に3回転した時代だった。

当時、3発のT字尾翼が特徴のボーイング727が就航し、歌やテレビドラマに
なるほどの人気だった。 私はダグラスDCー8の美しい機体が好きだった。
その後成田開港以降は大型機の時代に入り、ロッキード・トライスターや
ダグラスDC-9、そしてボーイング747(ジャンボ・ジェット)の登場となる。

国内線でもジャンボが主流となり747-SRという550席を持つ国内線専用機
まで造られた。 テクノ・ジャンボと呼ばれた747-400型が開発されて以降は
エアバス社との大型機市場を二分する競争の時代だったが、今年3月で全日空が
旅客機としてのジャンボの引退を決め、貨物機が主流となった。

今では時代を反映し、巡行距離が長く燃費の良いボーイング777や787、
エアバスA300シリーズの中型機などに航空機市場は移った。
「大きいことは良いことだ」というキャッチ・フレーズが流行った時代は過去と
なったが、あの時代の夢は未だ覚めることなく漂っている。

春の日の ひかりのなかにつぎつぎに 散まう櫻かがやけるかな (牧水)

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