株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

帰属意識

昨日は、二十四節気の「夏至」。 昼時間が最も長い日だが雨天で実感はわかない。

先週の日曜は「東京小出会」の総会、明日は「東京堀之内会」の総会が開かれる。
会場はいつもの上野「精養軒」だ。 新潟県の郷人会は上野に拘らなければならない。
就職列車で上京し、故郷から引き裂かれるように仕事に就いた人たちの集まりだ。
井沢八郎の「あゝ上野駅」の歌詞の世界をそのまま辿った人たちだ。

魚沼市の郷人会は、旧入広瀬だけは毎年の総会は行わないが、他の5つの会が
一斉にこの時期に開催され、広神会だけが上野「東天紅」で、他は全て「精養軒」で
開かれている。 どの会も若い世代が入らないから平均年齢が上がり、何年か後
の存続を心配する声も聞かれる。

会によっても若干違うが、最年少がほぼ還暦の世代で中心は団塊世代から上だ。
鉄道が高速化して、特急や急行に乗るのが普通になり東京が近くなった。
上越新幹線が開業してからは、わずか2時間で行けるから、千葉や埼玉辺りより
むしろ時間距離が近くなってしまい、郷愁を感じている暇が無くなった。

時間だけじゃない。 郷人の結びつきが薄くなった。 世間を知らない子供を東京へと
送り出すには、親戚は元よりあらゆる知己を頼って、困った時には〇〇叔父さんに
相談するんだよ。 と言っては、住所や電話番号を書いたメモを大事に持たされた。
今のように携帯電話でいつでも連絡がとれる時代じゃないから、唯一のたよりだった。

就職でも同郷の先輩からの紹介があったり、故郷を通じた仲間意識がとても強い
地域人脈の時代だった。 私が一時期赤坂のホテルで働いていた時も、ホテルの
バイトは賄いが付く上に、時給もやや高く、その上チップまで入るから、先輩や
同級生、それに後輩にも紹介して喜ばれたものだった。

国でも故郷でも会社でさえも帰属意識は大切だ。 この国とは言わないで我が国と
呼ぼう。 この地域と言わず、我がまち、我が地域と呼ぼう。
この会社ではなく、我が社でなければおかしい。 自分の所属する地域や会社に
親しみや愛情が無ければ、良い地域も、良い会社も創ることはできない。

ふるさとの 訛懐かし停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく  (啄木)

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