株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

商店街の魅力

今日は二十四節季の大寒、あと二週間後の立春まで寒が続く。

今シーズンの雪は、ある意味丁度良い降り方をしている。 スキー場は冬休みの始まり
に営業できる積雪になったし、このところは晴れ間も挟んで少し下溜まって落ち着いた。
続かなければ雪はそこそこ扱い易いし、降り積もった雪はなんとなく暖かい。
静かで落ち着いた、雪国らしい冬がゆっくりと過ぎてゆく。

旧小出本町商店街と柳原飲食街は、昭和46年から20年余りをかけて概成した小出
地区河川改修事業とそれに伴う区画整理事業により生まれ変わった。
柳原・緑町のほぼ全域と横町・本町・浦町の一部、言わば小出町の最も密集した中心
繁華街を移転し、小出小学校と高校の跡地に新たに南本町と東町という街を造った。

収用に際しては民間の建物だけでなく、今のマツツネと新木印房の裏手にあった
小出町役場を小出小学校に移転し南本町の中心施設と位置づけた。
小出小学校は昭和39年の新潟地震で被災し、それまでの木造2階建ての三棟から
なる校舎が傾いた為、隣に鉄筋3階建ての校舎を新築した。

役場の移転では、その時の鉄筋造校舎をそのまま利用しその隣に庁舎を建てた。
今でも魚沼市小出庁舎として利用されている。 この事業により小出の商店街は
それまでの木造2階建ての住居兼店舗に雁木通りのついた、雪国特有の街並み
から、金属で出来たアーケードで囲われた近代的な物に変わった。

かつての商店は間口4~5間に奥行き2~3間くらいの薄暗い土間が店で、その奥が
茶の間になっていて、生活と仕事場が一体となった構造だった。
なにかの都合で店を閉めても形はそのまま残して、それまでの蓄財か不動産収入に
より生活には困らない家を、しもた屋(仕舞屋)と呼んだ。

子どもたちは、所謂5円店と呼ばれた子供相手のコンビニのような店に熱中した。
キャラメルやドンやマンボに水あめ、面子にビー玉、花火などが売っていた。
紙を舐めると文字が浮き出す籤も人気で、はずれは「スカ」と書かれていた。
今の子供たちは、ワクワクするような買い物体験をしているだろうか? 

失われゆく商店街を再生させないと、困るのはここで生活をしている私たち自身だ。

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