株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

鉄道記念日

♪ 今夜の夜汽車で 旅立つ俺だよ あてなど無いけど どうにかなるさ ・・・

新幹線の時代になって、夜行列車や寝台特急が次々に姿を消した。
上越新幹線開業前は、東京での滞在時間を惜しんで、上野を23時20分頃に発車して
小出には朝4時前に到着する「急行佐渡」を、よく利用したものだった。
お金がない時は、少し時間はかかるけど上野~長岡間の普通列車にも乗った。

乗り換え駅では多勢のお客様が降り、そして入れ替わりに別のお客様が乗ってくる。
人々と一緒に空気も入れ替わり、さっきまでの車内の会話や雰囲気も変わる。
在来線での通勤・通学距離はせいぜい30~40分だから、凡そその位の時間で徐々に
お客様も変わってゆく。

在来線の楽しみは、ゆっくりと進む列車から眺める景色の変化が楽しめる事だ。
駅毎に街並みが形成され、看板や大きな建物からどんな産業の町かが、窺い知れる。
ターミナル駅が近づくと線路が増えだし、入線予定のプラット・ホームへ向けてポイントの
切り換えに軋んだ音を立てながら、身を任せるように列車は方向を変えて進む。

新幹線はスピードが売り物で、競合先は飛行機や高速道路だから、よそ行きの路線だ。
ローカル線は、普段着の生活に必要なスピードと仕様になっていて、その土地に合った
いわばオーダー・メイドの鉄道だ。 しかし、自動車が普及して利用客の減少と共に
存続が危ぶまれている路線も多い。

今を生きる私たちの時代で、こうした路線をなくしてはならない。
昨日は明治5年に、初めて新橋~横浜間で汽車が走った「鉄道記念日」だった。
明治の時代、全国に鉄道網計画を作り交通革命を志向した先見はすごい。 
日本の国家観を醸成し、全国一体となる国土開発に大きく寄与した。

紅葉の時季を迎えるが、只見線は7月末の新潟・福島豪雨の被害で未だに新潟県側の
小出~大白川間の折り返し運転となっていて、開通の目途が立たない。
東北のローカル線も被災後、復旧の見込みの立たない路線が多い。
失ってみてその価値が分かっても、その時はもう遅いのだ。 
 
夜汽車での別れの旅立ちは、切なさを演出するには充分すぎるシチュエーションだが、
汽車を降りる時には朝日が明るく輝いていなければならない。

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