株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

只見線全通40周年

一昨日から始まった小出祭が、今夜の民謡流しでフィナーレとなる。

祭りの終わりと夏休みの終わりが同時にやってきて、夏の季節も終わりを告げる。
7月末の豪雨災害で始まった今年の夏休みは、災害対応に追われる日々だった。
尾瀬のテーマソングは「夏の思い出」だが、魚沼ルートも被災して子供たちの尾瀬学校を
含む多くの入山予定者はキャンセルとなってしまい、思い出は創れなかった。

明日はJR小出駅の駅舎新築の竣工式典に合わせ、只見線の全線開通40周年記念
事業が行われる。 上越新幹線開業前の小出駅は、只見線への乗り換え駅で乗降客も
多かったから、特急列車「とき」も停車する上越線の主要駅だった。
駅舎に隣接して旅行センターがあり、本町へと続く駅前商店街も活気があった。

大湯温泉の主な旅館は、列車が到着する度に半天姿の番頭さんが旅館の旗を広げて
バスへと案内していた。 日活映画の駅前旅館のシーンのような風景があった。
小出橋(中橋)は河川改修による川幅拡張に伴い、左岸側が2径間延び跨線橋となって
番人の居た手動式の踏切が姿を消した。

それと同時に魚野川を望む仲橋亭、高野屋といった料亭と新潟相互銀行やタカラヤも
移転したり廃業した。 あの時代も変化が激しく、目まぐるしく街並みも変わっていったが
新しい建物も建ち、町全体が新陳代謝していて留まることは無かった。
あの頃は駅を中心にまちづくりが行われたが、自動車の普及により駅前は寂れていった。

只見線は県境を挟む大白川駅と只見駅の間が最後に繋がって全線開通したのが
40年前の8月29日だ。 小出~大白川間は来年開通70周年を迎える。
小出駅舎は新しくなったが、ローカル線の風情は消えた。 始発駅にはこれから始まる
旅への希望が有り、終着駅には旅の終わりを告げる旅愁が必要だ。

新幹線になる前は物語の舞台はホームだった。 自動ドアーになり窓が開かなくなって
ホームでの見送り風景を見なくなった。 新婚旅行は華やかで賑やかな見送りだったし、
ふるさとを離れる寂しい別れもあった。 列車が未練を残してゆっくりと遠ざかる。
だんだん遠くなる赤いテールランプが消え行くまで見送ったものだった。

うたうごと 駅の名呼びだし 柔和なる 若き駅夫の 眼をも忘れず   (啄木)

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