株式会社三友組 新潟県魚沼市の総合建設業

東京新潟県人会100周年

オークラホテル・大成建設などの創業者、大倉財閥の大倉喜八郎氏を初代会長として
明治43年に発足した東京新潟県人会の100周年祝賀会が盛大に行われた。

1,400人に及ぶ関係者が集まり、記念式典のオープニングでは、東京藝術大学の
宮田亮平学長による揮毫が、尺八と鈴の演奏に合わせた厳かな演出で行われた。
一坪以上もあろうかという台紙に大筆で「光」という一文字を躍動的に表わした。
100年の歴史を讃え、炎と燃える情熱を人が支えるといった文字だと解説された。

記念講演は宇宙飛行士の毛利衛博士で、宇宙からの貴重な写真を紹介しながら解りやすく
話された。 46億年の地球の歴史の内、ほんのわずかな時間でしかない人類の時代が
繁栄し続けて来れたのは、ひとえに地球の気候が温度、湿度をふくめ極めて安定していた
お陰でありこれは奇跡とも言えること。 たった今地球上から人類が全ていなくなった
としても、今迄のCO2の蓄積で100年後には1,5度気温が上がってしまう事。

衣、食、住が確保され、その上で政治、経済、科学、芸術などの発展があり、更には物事を
地球レベルで考える時代となった。 宇宙での研究では、生命細胞が地球上と比べどう変化
するか? 何時間も顕微鏡を覗き観察していた時、不意に窓から見えたふるさと北海道の
大地が、顕微鏡の中の細胞の様子とそっくりに見えてその神秘に感動したこと。 

無重力の世界では手で体をコントロールする、その時一番邪魔になるのが足だそうで、
地球上では何をするにも足腰が大事だが環境によって全く反対になる。
アポロ11号の船長が「アームストロング」だったのを思い出して苦笑した。

1969年にアポロ11号が初めて月に到達し、月面着陸後まず星条旗を掲げた場面が
印象的だったが、東西冷戦が終わるとNASAは「人類のために」と標榜するようになった。
現在では、ソユーズで飛んだ日本の宇宙飛行士野口聡一さんが、国際宇宙ステーションに
6ヶ月間滞在し、3月には山崎直子さんも合流する予定だ。 各国が協力して宇宙開発
や各種研究に取り組むオール地球の時代となった。

県人会は同郷の集まりで、現在の平会長は挨拶で皆兄弟であり家族だとおっしゃった。
県人会の課題も会員の高齢化と新入会員の確保だそうで、何処も同じ悩みを抱える。
東京の玄関が上野駅の頃、啄木の「ふるさとの訛りなつかし・・・」の情景があった。
まだふるさとの風情を残していて、山の手線外回りで池袋、新宿方面へと向かう車窓は
なんとなく侘しく、繁華街の駅に降り立って始めて東京を感じたものだった。

新幹線の時代に変り、上野は通過駅となって伊沢八郎の「ああ上野駅」も懐メロになった。 
東京駅も丸ビルが高層へと展開し、八重洲地下もかつてのターミナル駅の風情を消した。
見ているだけで楽しかった「王様のアイディア」、和・洋・中なんでもそろっている食堂や
靴磨きも姿を消し、おしゃれに変わってゆく駅ビルからはふるさとの臭いも消えてゆく。

ふるさとの 訛りなくせし友といて モカ珈琲は かくまでにがし  (修司)

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